このサイトについて

はじめまして。本サイト運営者です。
私がこのサイトを作ってみようと思ったのは、自分がかかったうつ病がきっかけです。

大学を卒業し、普通にサラリーマンになりました。大学が海外であったこともあり、入社した企業も日系ではありましたが、海外での勤務でした。仕事が単調で、これから何年も同じことを続けるのかと考えるようになりました。

そこで、会社を辞め、インドに日本語学校を設立しました。29才のときのことです。

「なぜ、インド?!」と驚かれると思います。当時のインドはGDPが世界第2位だったのです。1位は中国、凄い勢いで経済が成長していた時です。インドにはバンガローというIT都市があるのですが、日本でもインド人IT技術者はもてはやされていたことと思います。

また、日本企業が進出を始めた時期でもあって、これからインドには日系の企業がぞくぞくと増えてくるのではないかという期待もありました。

私は冒険が大好きです。インドはもちろん、全くわからない国です。知り合いは誰もいません。
学生時代のインド人の友人に協力を頼んだのですが、全く助けは得られず、設立から1年もたたない間に窮地に立たされました。

そんな時、大きな契約が舞い込んできたのです。

南インドの有名な小学校との提携です。次に舞い込んだのは大学との提携でした。次々に契約が決まり、会社設立3年後には、6〜7大学とは提携していたと思います。

毎日が本当に大変でした。私は会社が成長していく中で、大きな不安と睡眠障害に襲われていました。忙しい生活の中、陰では薬を飲み続けていたのです。

しかし残念ながら、何を飲んでも効果は全くありませんでした。何を飲んでも効果を感じないのに、薬を信じたのです。薬の量は、日に日にどんどん増えていきました。最終的には何を飲んでいるのかもわからなくなりました。

うつ病の薬、躁うつ病の薬、統合失調症の薬、もちろん睡眠薬、効果があるといわれる薬は何でも飲みました。しかし、やはり何の効果もありませんでした。

不安と睡眠障害はひどくなるばかりでした。

ある日、薬の過剰摂取でひきつけを起こし、倒れました。記憶が飛んで、自分が誰なのかわからなくなりました。私は自分が抱えることのできるストレスの量を完全に超えてしまっていたのです。

会社には、頼りになる従業員は誰もいませんでした。何から何まで、自分がしなければならないという重圧に押しつぶされたのです。

私にとってかけがいの無いもの、それは家族でした。私は家族を頼りました。しかし、何も出来なくなってしまった私は、家族にとって迷惑な存在になっていたのです。愕然として、しばらくの間、この事実を受け入れることができませんでした。

実際に自分が納得するまで、相当の時間がかかっています。

実家で療養していた私は、家を出ることを決断しました。この決断に助けの手を差し伸べてくれた人がいたからです。私が実家を出て、新しい生活を始めた時、身の周りの世話をしてくれた人がいます。自分の母親と同じくらいの年齢の女性でした。

うつの状態がかなりひどく、ほとんど自分では何も出来ない状態になっていました。

全くの他人ですが、一生懸命に私の世話をしてくれました。信じられないことですが、この女性との生活が私のうつを治していたのです。

私はその人に心から感謝しています。

環境の変化や温かいコミュニケーションが私の考え方や物事の受け止め方をかえてくれました。私の心は新しい生活の中で癒されていたのです。四六時中、嫌なことばかり考えていたのに、「楽しい」と感じることが増えていきました。

現在私は、うつ病ではありません。

過去を振り返って、確信したことがあります。

  • どんな方法であれ、考え方や受け止め方が変わるとうつは自然に治る
  • 医師を信頼するのは、信頼に足りるかどうかよく考えなければならない
  • 物事に執着しすぎてはいけない
  • 人生のやり直しはいくらでもできる
  • 幸せは自分の力でいくらでも作っていける

ちょっとした「気づき」で、人はいくらでも幸せになれます。ほんの少し、考え方が変わっただけで、気分は一瞬に変わります。
一度だけの人生です。生きる選択権があるなら、それを選んでください。